♪♪レクイエムの完成について♪♪

 

 1791年の夏ごろフランツ・ヴァルゼック・シュトゥバッハ伯爵が夫人の追悼のためにレクイエム作曲の依頼をモーツァルトに依頼しました。秋になって作曲に取り掛かることができるようになったモーツァルトは体調を崩しIntroitus(入祭唱)とKyrieまでのオーケストレーションを弟子のフライシュテットラーとジュスマイヤーの手を借りて完成させることができのですが、それ以降についてはLacrimosaを除くSequentiaとOffertriumの合唱、ソロ、ヴァイオリンのパートと通奏低音のみ書き残したのですが、Lacrimosaは第8小節まで書いて1791年12月5日亡くなりました。このため、Sanctus、Agnus Dei、Communioについては全く手を付けることなくレクイエムは未完成の状態となってしましました。

 モーツァルトの死後、50ドゥカーテン(100万円相当)の前金を作曲の依頼を受けた際、受け取り、さらに借金を抱えていた妻コンスタンツェはレクイエムを完成させざるを得ませんでした。このため、コンスタンツェはモーツァルトの弟子アイブラーに完成依頼をしましたが、アイブラーはモーツァルトの自筆譜に加筆する形でSequentiaのオーケストレーションを行っていったのですがLacrimosaの書き残した8小節に続けてソプラノの部分2小節書いたところで筆を折ってしまいOffertriumには全く手を付けませんでした。コンスタンツェはジュスマイヤーに完成の依頼をしました。ジュスマイヤーはモーツァルトの自筆譜から写譜をした上でSequentia、Offertriumのオーケストレーションを行い、LacrimosaおよびSanctus、Agnus Dei、Communioを作曲して完成させました。こうしてヴァルゼック伯爵に送られたレクイエムは1793年12月14日にヴァルゼック伯爵夫人の追悼ミサで演奏されました。

 

井上太郎著 「レクィエムの歴史」、ホームページ「ジュラシック・ページ」を参考にさせて頂きました。

 

 

♪♪Lacrimos楽譜の違い♪♪

 

 モーツァルトのレクイエムはジュスマイヤーがオーケストレーション・作曲して完成したものです。私たちが使っている楽譜は1965年ブルックナーの交響曲の校訂で有名なレオポルド・ノヴァーク(Leopold Novak)によって校訂され、モーツァルトとジュスマイヤーの自筆譜ファクシミリ版と共に新モーツァルト全集に入れられ、ベーレンライター社から出版されたピアノ伴奏付の合唱譜を使用しています。新モーツァルト全集の発刊後、アイブラーが手を入れた譜面に基づいたバイヤー版が1971年、1988年にジュスマイヤーの作曲を否定したモンダー版、モーツァルトの死後200年に当たる1991年前後にランドン版、レヴィン版、ドゥルース版などが発表されました。

 ところで、ジュスマイヤー版の楽譜はベーレンライター社が出版した後、ディヴィット・ブラックが校訂したペータース社版、ウルリッヒ・ライジンガー校訂したカールス社版が出ています。このうちベーレンライター版とペータース版を比較してみたところLacrimosaのアルトのパートの1箇所で音程の違いを発見しました。赤丸で囲んだ所のdo-naテキストのdoの音がベーレンライターではB音ですがペータースではD音で、数字付低音の表記が5/6でG音なのでD音が含まれていなければならないのがベーレンライターでは含まれていません。また、ペータース社のフリードリッヒ・ブルーメが1932年に校訂したポケット・スコアでもB音になっていました。そこでジュスマイヤーの自筆の楽譜をIMSLPで調べたところディヴィット・ブラックの校訂のペータースと同じD音になっていました。どれが正しいのかまたどれも正しいのか疑問符がついています。 

ベーレンライター版
ベーレンライター版
ペータース版
ペータース版
ジュスマイヤーの自筆譜
ジュスマイヤーの自筆譜