♪♪バッハのモテット♪♪

  

 モテットの起源は13世紀以降に発展した世俗的なポリフォニー歌曲にあると言われています。ルネサンス期以後はミサ通常文によらない多声の宗教的声楽曲としての性格が強まり、さかんに作曲され礼拝で演奏されていました。さらに、バロック時代のドイツのプロテスタント教会では、コラールを利用したモテットが作られるようになり、シュッツやシャイン、ローゼンミュラーらはイタリアから入ってきた複合唱様式を採り入れたモテットを作曲しました。

 バッハの時代になって、プロテスタントの主要な礼拝音楽としての地位は教会カンタータに取って代わられ、モテットは副次的な存在になっていたようです。

しかしながら、その存在意義がまだまだありました。第1にライプツィヒでは礼拝音楽として役割を持ち、100年以上も前に作曲された古い曲集『フローリレギウム・ポルテンセ』(1576~1636年)のモテットを礼拝の冒頭に歌っていたと言われています。第2に合唱隊の練習曲としての機能があり、日頃、礼拝で歌っているモテットではバッハの教会カンタータの要求する高度な技巧を身につけるには不十分で、そのため自作のモテットを使って合唱隊を訓練しました。そして第3に、葬儀や慶事など特別な機会に演奏される機会音楽としてのもので、バッハのモテットの最も重要な役割がありました。

 バッハの時代の聖トーマス学校の規定によれば、同校の生徒たちはライプツィヒの一般市民の葬式に参加するという決まりごとがありました。葬儀に参加する生徒の数は遺族が支払う金額によって異なり、賛美歌やモテットが歌われるかはカントルの裁量にまかされていたようです。通常の場合は前述のモテット集の中の曲を演奏し、特別な場合にバッハ自身が作曲したモテットを演奏したと言われています。現在、残っているモテットは6曲ありますが、主の讃美を主題としたBWV225 ”Singet dem Herrn ein neues Lied”とBWV230 “Lobet den Herrn, alle Heiden”をのぞく4曲がこうした葬儀で演奏されたと言われています。BWV227 “Jesu, meine Freude”はライプツィヒの聖ニコライ教会で行われた郵便局長夫人ヨハンナ・マリア・ケースの追悼礼拝のために作曲されたのではないかと言われています。

 


♪♪バッハのモテットとコードリベット・コール♪♪

 

 コードリベット・コールの2019年の教会音楽連続演奏会にバッハのBWV227 ”Jesu,  meine Freude”に取り組みます。コードリベット・コールがバッハのモテットに取り組んだのは意外と遅く1951年に創立して17年経過した1978年からでした。

 

年         作品番号                     演奏曲目

 1 1978  BWV227           Jesu, meine Freude 

 2 1981  BWV225           Singet dem Herrn ein neues Lied

 3 1982  BWV226           Der Geist hilft unser Schwachheit auf

              BWV230            Lobet den Herrn, alle Heiden

 4 1983 BWV227             Jesu, meine Freude

 5 1985 BWV229             Komm, Jesu, komm

 6 1995 BWV228             Fürchte dich nicht, ich bin bei dir

 7 1998 BWV225             Singet dem Herrn ein neues Lied

 8 2005 BWV226            Der Geist hilft unser Schwachheit auf

 9 2008 BWV227            Jesu, meine Freude

10 2011 BWV229             Komm, Jesu, komm

11 2013 BWV230             Lobet den Herrn, alle Heiden

12 2016 BWV225          Singet dem Herrn ein neues Lied

     BWV Anh.159    Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn

 

 


♪♪モテット”イエスよ、わが喜び” BWV227の構成♪♪

 

 「イエスよ、わが喜び」はバッハの6つのモテットの中でもっとも大規模な作品で、ヨハン・フランクのテキストにヨハン・クリューガーが作曲した有名なコラール「イエスよ、わが喜び」を主題にしたきわめて緻密に構成された6曲のコラールを展開し、これに新約聖書「ローマ人への手紙」の第8の1・2・9・10・および11節をテキストとして用いた5曲の合唱曲を配し、全部で11曲のモテットとしては極めて異例の大規模な曲となっています。

 

全曲を支配するコラール主題は以下のとおりです。

 バッハはこの主題を基本的な4声体のコラールとして、ソプラノまたはアルトを定旋律としたコラール、コラールの第3節(第5曲)では主題はきわめて巧妙に変奏されており、ちょっと聴いただけではコラール主題があるのか分かり難くなっています。下記の譜例の赤で表示した部分が主題になっています。

全曲を閉じる第6節のコラールの最後が、開始部と同じ、「イエスよ、わが喜び」(Jesu,meine Freude)という言葉で閉じられています。バッハはこれを利用し、モテットの冒頭のコラールと掉尾のコラールを4声体のコラールを配置することによって、楽曲全体で大きな枠が形作られるように構成しています。これはヨハネ受難曲でも用いられた方法でです。

曲の全体を構成を図示すると

 第1曲 4声体コラール 第1節 Jesu, meine Freude 

   第2曲 5声の合唱曲 Es ist nun nichts Verdammliches an denen

     第3曲 コラール第2節(ソプラノ定旋律) Unter deinem Schirmen

       第4曲 ソプラノ・アルトのみ Denn das Gesetz des Geistes

         第5曲 コラール第3節(変奏) Trotz dem alten Drachen

           第6曲 フーガ Ihr aber seid nicht fleischlich

         第7曲 コラール第4節(ソプラノ定旋律) Weg mit allen Schätzen!

       第8曲 アルト・テノール・バスのみ So aber Christus in euch ist

     第9曲 コラール第5節(アルト定旋律) Gute Nacht, o Wesen

   第10曲 5声の合唱曲 So nun der Geist des 

 第11曲 4声体コラール第6節 Weicht, ihr Trauergeister

 

第6曲のフーガを中心に対照的な配列第1と第11、2と10、3と9、4と8、5と7になっていることが分かります。また第6曲フーガのテキストは”あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます”と言う信仰の核心となっています。


♪♪モテット”イエスよ、わが喜び” BWV227のの演奏形態♪♪

 

 バッハの6つのモテットの中で器楽のパート譜が残っているのはBWV226 “Der Geist Hilft unser Schwacheit auf”のみです。また、BWV230 “Lobet denHerrn, alle Heiden”の出版楽譜に楽器を伴ってというコンストゥルメンティという言葉が記載されている出版楽譜が発見されており、ベーレンライターの楽譜にはオルガンと記された伴奏譜が載せられていることはご存じだと思います。その他の曲は器楽のパート譜は存在していません。

 パレストリーナのモテットの影響もあり、バッハのモテットもア・カペラで演奏されることもあったのですが、バロック時代においてコラ・パルテ(Colla Parte)と言って楽譜の主声部のリズム・テンポに沿って器楽の伴奏する習わしがあたったことから1960年頃からこのコラ・パルテ方式での演奏方式での演奏が多くなっているようです。

 私の所有しているディスクでも”Jesu, meine Freide”では、ヒリヤード・アンサンブルのみがア・カペラで演奏していますが、ガーディナー/モンテヴェルディが第4曲と9曲をア・カペラで演奏しその他の曲はコラ・パルテで、クリストファーズ/ザ・シックスティーンが第4曲のみをア・カペラで演奏、他の曲はコラ・パルテで演奏しています。アーノンクール/スコットランド・バッハ合唱団、リリング/ゲヒンガ―・カントライ、ニコル・マット/ヨーロッパ室内合唱団、鈴木雅明/BCJは全曲コラ・パルテで演奏しています。また、新・旧のヘルヴェッヘ、ユングヘーネル、ヤーコブスはソリストによる演奏ですがコラ・パルテで演奏していました。

 と言うことで、最近の演奏形態は器楽の伴奏を伴うコラ・パルテが主流となっていると言えるのではないでしょうか。