♪♪讃美歌「どんなときにも」 (讃美歌21-533 子供讃美歌129)♪♪

 「どんなときにも」の作詞者に高橋順子(1958~1967)、作曲者に高浪真一の名前が記載されています。作詞者の年齢を考えると7歳もしくは8歳で亡くなれたことが分かります。この曲のメロディーは簡明ですが、歌詞にはすごくインパクトを感じます。なぜ、子供の詩が取り上げられることになったのか調べてみました。

 高橋順子さんは、幼稚園卒園を前にして骨肉腫の診断を受け、左大腿部から切断しなければなりませんでした。手術後順子さんはお母様に、足は「のびてくるから」と言っていたそうです。その後、がんは肺に転移してしまい再手術を余儀なくなってしまい、呼吸もままならない中2回目の手術の前日にこの詩を書いたと言いうことです。しかし、手術の甲斐なく8歳になる前に順子さんはお亡くなりになりました。

 順子さんが5歳のころに習っていたピアノの先生で教会学校の先生でもあった方が、『こどもさんびか2』の公募に応募され、順子さんの詩は詞となり高浪真一氏の手により曲がつけられ、讃美歌「どんなときでも」が誕生したのだそうです。

 

 苦しみの中で「苦しみにまけず、くじけてはならない」「しあわせをのぞみ、くじけてはならない」「愛をしんじて」「愛があるから」と不安のなか、恐れのどん底にありながら〝しあわせ〟に向かう心の強さが私たちの心を打つのだと思います。

 

  敬和学園高等学校のホームページ

   敬和新聞2020年8月号「どんなときでもしあわせを望む」校長 中塚 詠子さんの記事を参照させていただきました。

 

♪♪讃美歌「まぶねのかたえに」 (讃美歌107 讃美歌21-256)♪♪

 「まぶねのかたえに」の原曲はG.C.シェメッリとJ.S.バッハが協力してまとめたシェメッリ歌曲集に"Ich Steh' an deiner Krippen hier" BWV469として含まれています。この曲集は、古くから歌い継がれているコラールやアリアをまとめたものでバッハがオルガン伴奏、通奏低音を加えたり必要な場合は作曲を行ったことによりバッハ作品番号が割り付けられています。その中に確実にバッハ自身が作曲したのものは3曲のみであると判明しており、バッハ作曲となっていますが、真偽のほどは分かっていません。 

 余談ですが、"Ich Steh' an deiner Krippen hier"のドイツ語テキストは「血しおしたたる」"O Haupt voll Blut und Wunden"の作者であるP.ゲルハルトによるものです。このテキストをバッハは私たち合唱団とって身近なバッハのクリスマス・オラトリオの第6部の59番のコラールに使っています。

 

♪♪讃美歌「朝風しずかに吹きて」 (讃美歌30 讃美歌21-211)♪♪ 

 「朝風静かに吹きて」は、メンデルスゾーンの各巻6曲全8巻の48曲からなるピアノ曲集「無言歌 Lieder ohne Worte」の第2巻作品30の第3曲「慰め Consolation」が原曲です。この曲に「アンクル・トムの小屋」の作者として知られているストウ夫人が詩編139章18節「私が目ざめるとき私はなおも、あなたと共にいます」に基づき作詞しました。4声の合唱曲に編曲した人は不明です。

 

♪♪讃美歌「天には栄え」 (讃美歌98番「天には栄え」 讃美歌21-211「聞け、天使の歌」)♪♪ 

 天には栄え」は、メンデルスゾーンが1840年に印刷術発明400年記念祝典のために作曲した男声合唱と管弦楽のためのカンタータ「祝典歌 (Festgesang) 」(WoO 9, MWV D 4, 別名「グーテンベルク・カンタータ」)の第2曲(Vaterland, in deinen Gauen)が原曲で、

 

 テキストはチャールズ・ウェスレーが作詞しジョージ・ホウィットフィールドによって改定されたものです。1855年にイギリスの音楽家ウィリアム・H・カミングズ (William Hayman Cummings) がこの歌詞をメンデルスゾーンの曲にあてはめました。これがイングランド教会の『古今聖歌集』( Hymns Ancient and Modern )に1861年に収められました。日本では1903年の讃美歌第60番「かみにはさかえ」、1954年の讃美歌第98番「天には栄え」、讃美歌21第262番「聞け、天使の歌」として納められました。