♪♪マドリガルについて

 「マドリガル」OP.35は1883年にシルヴェストル,アルマン (Paul-Armand Silvestre)の詩にピアノ伴奏曲として作曲されました。

 以降、この曲は1919年モナコ大公アルベール1世の依頼により音楽劇『マスクとベルガマスク』の劇音楽(全8曲)の1曲として入れられ管弦楽伴奏付に編曲されました。さらに、フォーレは『マスクとベルガマスク組曲』として再出版しましたが、この曲は外されました。以降、ピアノ伴奏つきのOP.35として知られています。

 この曲の内容は、他愛もない男女の恋の駆け引きの様子を歌ったものですが、この曲の音楽のテーマはルターのコラール「深き苦しみの淵から」(詩篇130)からとられていると言われています。

 

 

♪♪ラシーヌ賛歌について

 フォーレは20歳の時、パリの音楽学校の卒業作品として作曲し、作曲部門第一位を獲得した教会音楽です。この曲のフランス語の表題は「Cantique de Jean Racine」で、日本語に訳した時に「ラシーヌ賛歌」となり表題のみ見た時ラシーヌを賛美するものと思いがちですが、作詞者(正確に言うと訳詞者)のジャン・ラシーヌ(1639-99)はアンプロジウス(339-397)のラテン語による朝課Matutinumの週日火曜日の冒頭すぐに唱和される賛歌Hymnus “Consors paterni luminis御父の光と同一な方”をフランス語に意訳して賛歌Cantiquとしました。フォーレはこれをテキストとして作曲したのですが日本語の表題としては「ラシーヌ訳詞による賛歌」とするのが正確な表現となるのかもしれません。

 フォーレの音楽はレクイエムのSanctusやParadisumのようなアルペジオの伴奏をともなったフォーレらしさを感じさせる曲です。

 Youtubeでは検索するとミシェル・プラッソン指揮のオルフェオン・ドノスティアラ(スペインの合唱団)によるオーケストラ伴奏の演奏や、ドニ・ルージュ(Denis Rouger)指揮の日本語表記では「人間の顔」室内合唱団となる(figure humaine kammerchor)によるオルガン伴奏による演奏を聞くことが出来ますが、この他、フォーレのレクイエムで検索した中に例えばパーヴォ・ヤルヴィとパリ管弦楽団・合唱団ように「ラシーヌ賛歌」の演奏が含まれている場合もあります。CDでもレクイエムと一緒になっているケースがあり、私の所有しているパーヴォ・ヤルヴィのパリ管弦楽団・合唱団(Youtubeの演奏と同時期に録音したものですがソリストが異なる別音源)とロランス・エキュルベイとアクサンチュスの録音もレクイエムとラシーヌ賛歌が含まれています。

 

 

♪♪フォーレのレクイエムのテキスト

 モーツァルトを始めケルビーニ、ベルリオーズ、ドヴォルザーク、ヴェルディによって書かれたレクイエムはカトリック教会に於ける「死者のためのミサ」で伝統的に唄われてきたグレゴリオ聖歌のテキストに基づいて作曲されました。その構成は、次の通りです。

  Introitus

  Kyrie

  Grauduale

  Tractus

  Sequentia (Dies Irae, Tuba mirum, Rex tremenda majestatis,  Recordare, Comftatis, Lacrimosa)

  Offertorium (Domine Jesu,  Hostias)

  Sanctus (Sanctus, Benedictus)

  Agnus Dei

  Communie

 これに付け加えが用いられる場合もあります。

  Libera Me 赦禱式で柩の前の祈り

  In Paradium 埋葬式で柩を墓地へ運ぶ時の祈り

 

 フォーレのレクイエムは上記の構成に対して、次のような作曲を行っています。

  Introitus / Kyrie

  Offertorium

  Sanctus

  Pie Jesus

  Agnus Dei  / Communie

  Liberame

  In Paradium

 

 フォーレは従来のレクイエムのテキストを使用するのではなく変更を行いました。最大のポイントは、従来のレクイエムで重視されたSequiemtia (Dies Irae, Tuba mirum, Rex tremenda majestatis,  Recordare, Comftatis, Lacrimosa)を全く使用せずその代り、Dies Iraeと同様な内容を持つLibera Meを使用し第6曲、またLacrimosaの中の最後の行であるPie Jesu Domine, Dona eis Reqiuem を使用してPie Jesuを独立した第4曲としました。また、In Paradiumを最終楽章にしたことはフォーレのレクイエムの性格を決定づけたものにしています。

 その他、OffertriumではDomine Jesuのテキストの前に”O”の感嘆詞を付け加え、omunium fidelium(すべての信者)とsed signifer sanctus Michael ・・・ejus(旗手ミカエルが・・)が削除されているのに対してAmenを付加しています。

SanctusではBenedictus qui venit in nomine Dominiが削除されています。Agnus DeiとCommunieが統合されていますがCommunieの最後の1行のCum sanctis tuis in aeternum, quia pius esが削除されています。

 フォーレのレクイエムは従来のレクイエムと異なる独特の境地を作りあげました。それにより「異教徒的」と言うような批判を受けましたが、フォーレはParis-Comoedia誌に次のような反論を行っています。

 「私のレクイエムは、死に対する恐怖感を表現したものではないと言われており、中にはこの曲を死の子守歌と呼んだ人もいた。しかし、私には死はそのように感じられるのであり、それは苦しみと言うよりも永遠の至福と喜びに満ちた解放感にほかならない。・・・・・・・私の「レクイエム」について言うならばおそらく本能的に慣習から逃れようと試みたのであり、長い間画一的な葬儀のオルガン伴奏をつとめた結果がここに現れている。私はうんざりして何か他のことをしてみたかったのだ」(ジャン=ミシェル・ネクトゥー著「ガブリエル・フォーレ」より)

 

 

♪♪ レクイエムの作曲経緯

 ガブリエル・フォーレがレクイエムの作曲に取り掛かる前の1877年にのちにレクイエムの第6曲として加えられることになったLibera Meを作曲し発表を行っていました、レクイエムの作曲はそれから10年後の1887秋に作曲に取り掛かったと言われIntroit et Kyrie、Pie Jesu、In Paradisum、Agnus Dei、Sanctusの5曲を作曲し1888年1月に初演を自らの指揮で行いました。この初演されたものが第1稿と呼ばれています。

 1891年にOffertroruimのバリトン・ソロ部分であるHostiasを追加、さらに以前に作曲していたLibera Meを付け加え7曲の構成となり1893年1月にレクイエム再演を行いました。さらに1894年にOffertoireのHosutiasの前後にO domine(合唱)を付け加えました。この7曲構成になったものを第2稿(1893年版)と呼んでいます。

 このレクイエムの楽器編成はヴィオラ2部・チェロ2部・コントラバスの小編成の弦楽とオルガンを中心に書かれており、ヴァイオリンはSanctusのソロとしてしか使われていませんでした。そしてホルン・トランペット2本にトロンボーン3本とハープとティンパニの特殊な構成でした。

 フォーレの作品を以前より出版してきたアメル社は、オーケストラ編成を大きくして大きな演奏会場でも演奏できるように変更して出版することを提案しますが、フォーレは拒否しました。このため、アメル社はフォーレの弟子ジャン・ロジェ=デュカスにオーケストレーション作業を依頼してフォーレの意向と異なる形で第3稿(1900年版)となる楽譜が出版されました。この楽譜は約100年間演奏されてきました。

 しかし、フォーレのレクイエムが大編成のオーケストラによって演奏されることに違和感を持つ人々により、第2稿を復元する動きが起こり、2稿が完成してから約100年経った1984年に残された資料を基に、イギリスの作曲家ジョン・ラターが、1994年フォーレの研究者として著名なジャン=ミッシエル・ネクトゥーと指揮者ロジェ・ドラージュによる小オーケストラ版ができ演奏されるようになりました。

 一方、第3稿と呼ばれるアメル社発行の1900年版はスコアとパート譜、合唱譜との食い違い、単純な校正ミスと思われるようなものがあり、次のような改訂が相次いで行われています。

   1977年 J.M.ネクトゥー/R,ツィンマーマン校訂(ペータース社)

   1998年 J.M.ネクトゥー校訂(アメル社)

   2005年 M.リゴディエール校訂(カルス社) 

   2012年 M.シュテーゲマン校訂(ベーレンライター社)

 

 

♪♪録音・録画された演奏楽譜について

 You-Tubeで音楽を聴くツールとして使われる方が多いようです。私は、演奏・音質が玉石混交で、著作権や肖像権など疑わしいものまで含まれているので、あまりなじめません。

 しかし、フォーレのレクイエムの楽器構成と使用楽譜を確認したくて検索をかけたところ。3つの動画が気になり視聴して見ました。1つ目はパーヴォ・ヤルヴィ指揮の演奏、2つ目はフィリップ・ヘルヴェッヘ指揮の演奏、3つ目はロランス・エキュルベイが指揮したものです。いずれもCDを所有していて1918年3月11日のコンサートで演奏することになって何回か聞いており気になることがあったからです。

 

 ヤルヴィの演奏はパリ管弦楽団とパリ管楽団合唱団ソプラノ:チェン・レイス、バリトン:マティアス・ゲルネで2011年2月10・11日の演奏会のライブ録画です。この録画はDVDで発売されておりどのような経緯でYou-Tubeに掲載されているのか疑問です。CDでは、ソプラノと指定されている独唱者がカウンター・テナーのフィリップ・ジャルスキーを充ており、特徴的なCDになっています。演奏会と同時期の2月8日~13日の間で録音されているので、スケジュールの都合でメンバー独唱者の変更があったのでしょう。CDの解説にアメル版の楽譜を使用したとの記載があります。第3稿に基づくアメル版は1901年に出版されたもの、1998年ネクトウーが校訂しなおしたものの2種があります。その違いの代表的なところはIntroitus/Kyrieのテノールのパート・ソロのdona eisの譜割がアメル旧版は"e-is"という歌詞のリズムが四分音符2つですが、アメル新版では付点四分音符と八分音符になっているのと81小節の歌詞が旧アメル版ではe-le-i-sonで新版ではKy-ri-eに変更されています。ヤルヴィの演奏は同時期の録画・録音ですから同じ楽譜を使用していることは予想されますが、旧アメル版になっているので少なくとも、合唱団は旧アメル版を使用していることが分かりました。

 

 ヘルヴェッヘは、88年9月に録音した際は第2稿復刻版のネクトゥー/ドラージュ版を使用していました。しかし2011年1月に録音しなおしたのですが、この録音で使用した楽譜はアメル版の新しいもの(第3稿)でした。しかしこの演奏は第3稿ですが、オルガンにハルモニウムを使用するなど室内楽的な方向を目指したものになっていました。You-Tubeに掲載された演奏も新しいCDと同じアメル新版を使用していました。字幕や解説などが入るのですが何語か全く分からず。どこで何時録画されたものかも分かりませんでした。 

 

 トランスクリプションと言うクラシックの名曲を無伴奏混声合唱に編曲したCDをリリースし一躍有名になったアクサンチュスの女性指揮者のロランス・エキュルベイがオーケストラ付の曲で初めてリリースしたのがフォーレのレクイエムでした。それだけに注目されたCDで選んだ楽譜は、1893年第2稿復刻版で言うことがCDの解説書に記載されています。ところがオーケストラの方はネクトゥー/ドラージュ版を使用しているのにも拘らず合唱団は同じく1893年第2稿復刻版であるラッター版を使用している不統一を起こしていました。復刻版は室内楽的な演奏を目指すものと考えるのですが出てくる音楽は重厚な音がすると言うものでした。CDは2008年に録音されたものでした。You-Tubeに掲載された演奏は2010年に演奏されたライブで演奏を聴くとまぎれもなく第3稿のオーケストラ版を使用しています。アクサンチュスは40人位の合唱団ですがエキュルベイの音楽的志向は第3稿に基づく演奏を目指していたのかもしれません。